

能は猿楽・田楽から生まれ、室町時代のはじめに足利将軍の庇護のもと、観阿弥・世阿弥父子により完成された。その後、応仁の乱など、戦乱のさなかでは一部の公家や地方豪族の支持のもとに細々と存続していた。しかし安土桃山時代になると、織田信長や豊臣秀吉をはじめとする有力武将に愛好されて次第に復活した。とくに秀吉は能を武家の式楽として認定したばかりか、みずから仕舞いの稽古をし、舞台の演出を試みてさえいる。こうして復興した桃山時代の能は、世阿弥による幽玄なる夢幻能とはいささか趣きを変え、ときに現代劇風な人物構成とストーリー展開が演じられる新しいスタイルであった。秀吉のもとで生まれた太閤能は、まさにその象徴といえよう。またこの時代、能は遊楽的な芸能のひとつであり、観客は自由に飲食を行ないながら鑑賞し、庶民たちもこれを楽しんだ。
能装束を見ても、幽玄を求めた世阿弥時代、華美なだけの衣装を否定し故実をふまえた有職性の高い衣装が用いられたのに対し、桃山時代は再び豪華絢爛をきわめた衣装が開花した。現代につづく華麗で優雅な能装束の特性を整えながら、唐織、繍箔、摺箔などこの時代のさまざまな染織技術の粋を結集した秀逸な装束を数多く生み出していった。
能装束は、表着と着付、袴類と、帯などの付属品に分類される。上に羽織る表着には、狩衣、直垂・素襖、法被・側次、長絹、唐織などがあり、下着の上に着る着付(きつけ、つまり小袖)には、厚板、摺箔、縫箔がある。
また着かたとしては、着付を袴をつけずに着る着流し、着付の上に表着を肩ぬぎで腰にまく腰巻、表着を帯で腰までたくしあげる壷折(つぼおり)、表着の右袖を脱ぐ肩脱(かたぬぎ)や脱下(ぬぎさげ)がある。肩脱や脱下は、修羅物、狂女、炭焼き・汐汲みといった身分の低い者などの役柄が用いる。装束の種類や着かたには、それぞれの役柄を表す構成上の性質があるが、こうした様式が完成したのは、能が武家の式楽として定着してからである。
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解説:縫箔|唐織|摺箔|厚板|長絹|狩衣|側次|直垂|鬘帯・腰帯|面
夫人の衣|武士の衣|南蛮好み|農民・町人の衣|狂言装束
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