南蛮キセル



喫煙は、まず遊女やかぶき者たちの間で流行した。かぶき者たちは柄の長いキセルを好んで用い、なかにはタバコの廻し飲みをもって盟約の証しとすることもあった。喫煙は当初、逸脱的で異端名風俗の象徴でもあったのである。
幕府は火災防止や主穀生産への悪影響を考慮して、喫煙およびタバコ栽培をきびしく禁止した。元和2年(1616)の禁令では、タバコを栽培した者は市人は50日、農民は30日それぞれ獄に繋ぐとし、同9年(1623)の法度では、タバコをくゆらせる従者は見つけしだい斬罪すると定めている。しかし相次ぐ禁令にもかかわらず、喫煙の慣習はわが国の日常生活のなかに浸透し、元禄年間(1688-1704)には、各地に刻みタバコの特産地が形成されるようになった。


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解説:ジュバンカルサンメリヤスマント陣羽織ビロード更紗
夫人の衣武士の衣南蛮好み農民・町人の衣能装束



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