

南北朝時代に成立し、室町時代に、台頭する庶民階級の支持をえて発展した狂言は、貴人本意の能に対する庶民的な芸能として、つづく桃山時代にも人びとに親しまれた。猿楽から能と狂言に分化する過程で、本芸としての能に対し、狂言はもどき(余興芸)の性質を帯びていった。能が様式・格式を重んじつつ夢幻を演じるのに対し、狂言は笑い(「おかしみ」)を含む現実世界を主題にした即興劇であり、後の笑劇の元祖ともいわれる。そうした性質は装束にもおおいに表れ、能が、絹を素材とし贅をつくした重厚な織の美を堪能するのに対し、狂言は、麻を素材に、庶民が生んだ染め技術を巧みに生かした空想力豊かな絵画的意匠のユーモアを楽しむものといってもよいであろう。麻と染めの軽快な装束は、テンポよく展開する狂言世界の軽妙さを増し、登場人物のいきいきとした表情をもりたてる。
狂言装束のメインは、背に思いきった絵画的デザインをほどこした肩衣である。肩衣は太郎冠者とよばれる召使いから山賊に至るまで、現実を生きる庶民や俗人が着用し、着つけ、狂言袴とともに用いる。また、太郎冠者に対する主(あるじ)は肩衣に長袴の長裃を、また大名などの定式の装束には長袴とあわせ麻の大袖の素襖を用いる。異国人の役所
には南蛮渡来の衣服をかたどった唐人装束を用いる。
しかしながら能装束に比べ狂言装束の歴史をたどる資料は乏しく、これらの装束がいつごろから使用され、また時代とともにその意匠がいかに展開していったかは明らかでない。
解説:肩衣袴|唐人装束|面|能装束
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