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日本の靴

土佐の桂浜に立つ幕末の志士・坂本龍馬の銅像。小刀を帯び袴姿の龍馬がはいているのはハーフブーツらしい洋靴である。開幕をめざし世界を見つめていた龍馬の、進取に富んだ気風が感じられる。
足を覆い包む形の日本の履物・沓(くつ)の歴史は古く、古代から用いられ、奈良時代には履(り)、鞋(かい)、屐(げき)などと呼ぶクツが中国から伝わった。しかし平安末期に草鞋、草履、下駄がつくられると、これらがわが国の履物の主流となる。靴は16世紀後半、南蛮貿易によってもたらされるが普及せず、いわゆる洋靴が日常に用いられるようになるのは、明治末期になってからのことである。日本で最初の製靴工場が設立されたのは、明治3年(1870)。陸軍兵士用の洋靴の生産が開始された。
一方下駄は、江戸時代はもちろん明治、大正、昭和にいたるまで庶民の足を支え続けた。下駄ばきの人口のピークは昭和30年(1955)、生産高は全国で9300万足を数えた。しかしそれ以降は減少し、日々の生活から姿を消すことになる。


解説:ジュバンカルサンメリヤスマント陣羽織南蛮キセルビロード更紗
夫人の衣武士の衣南蛮好み農民・町人の衣能装束



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