東山御物



歴代足利将軍は、唐物(からもの)と呼ばれる中国の美術工芸品の蒐集に熱心であった。とくに3代義満は宋・元の名画や茶器のコレクターとして一時代を築いた。その後、茶に関心を示した6代義教や8代義政の頃にも新たに蒐集品が加えられ、東山第(ひがしやまてい)には「七珍万宝ハ其数ヲシラズ」といわれるほどに、名品珍器があふれていた。
東山御物(ひがしやまごもつ。御物は「ぎょぶつ」とも)とは、狭義には東山殿と呼ばれた義政の蒐集品をさすが、広義には将軍家の所蔵した美術工芸品全般をいう。ちなみに、徳川将軍家の所蔵品を柳営御物と呼ぶのに対しての呼称である。
これらの選定作業は義政と能阿弥らの協議で行なわれたが、義政より39歳年上で、将軍の美意識を育て指導した稀代の目利き、能阿弥がイニシアティヴを握ったであろうことは想像に難くない。
その区分方法は、対象となる名画や器物を上中下に分け、上は無条件で御物とし、中以下はこれに当たらないと判定した。指定されたものの一部を挙げると、茶壺では松島、四十石、捨子、橋立。茶入れでは作物茄子(つくもなすび)、万歳大海(まんぜいだいかい)。名画では徽宗皇帝筆の桃鳩図と鴨図、牧渓筆の墨絵観音に猿と鶴の図の三幅対、瀟湘八景図、玉澗筆の瀟湘八景図などなど、そうそうたる名品が並ぶ豪華さである。
御物はたんなる収蔵品ではなく、つねに書院座敷に飾られ鑑賞されるものであったが、後年、御物のなかでもとくに茶器が茶の湯記録のなかで復活し、美術鑑賞に大きな影響を与えた。しかし、足利幕府の衰退とともに売却され、また焼失・散逸し、その一部が戦国大名および堺の豪商たちの手に渡ったのである。


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