

東山文化
室町時代中期、足利義政の時代の文化をいう。文明15年(1483)に完成した銀閣を中心とする東山山荘にちなんでこう呼ばれるが、室町前期、足利義満の北山文化に対する呼称でもある。
東山文化の特徴は、禅宗の影響を受ける一方で、立花、茶の湯、連歌、能、水墨画などの新しい文化が起こり、近世文化、および、近・現代文化の源流をなした点にある。 一条兼良らに代表される五山文学、宗祇・心敬による連歌、周分・雪舟らの水墨画、土佐光信による大和絵の復興、狩野正信による狩野派の画風大成、池坊専応による立花など枚挙に暇がないが、将軍家に近侍して諸芸をつかさどった同朋衆と呼ばれる集団も、特筆すべき存在であった。
同朋衆は、猿楽の音阿弥、作庭の善阿弥、唐物奉行を担当した能阿弥・芸阿弥・相阿弥、香、茶の千阿弥、立花の立阿弥など、すべて阿弥号をもつために阿弥衆とも呼ばれ、東山文化で果たした役割は大きい。なかでも唐物目利きとして有名な能阿弥は、歴代足利将軍家が蒐集した唐物を整理分類し、いわゆる「東山御物」を選定したことで知られる。
また、東山文化を考えるうえで重要なのは、書院建築の発達であろう。唐物を飾り、茶を点て、花をいけ、芸能を演じるという行為は、すべて書院空間のなかで行なわれた。書院建築を取り入れた銀閣には、東求堂の一部として同仁斎と呼ばれる茶室が設けられているが、これは珠光によって考案された四畳半茶室のさきがけをなすものである。珠光による書院茶の湯の簡略化とそれにつづく侘び茶創始の原点は、ここに存在するといっても過言ではないのだ。
このように侘びや幽玄の境地を重視し、武家と公家の文化が融合して花開いた東山文化は、戦国期の守護大名や地方に下向した公家たちによって地方にもたらされ、独自の地域文化を育むことにもなるのである。
関連図版リスト:
四畳半茶室|
東山御物|
村田珠光|
茶の湯前史
解説:
四畳半茶室|
東山御物|
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