太田牛一と『信長公記』
太田牛一(1527年−没年不祥)は信長の旧臣で、和泉守。牛一が実名か号か不明であるが、信定という名も見える。初めは柴田勝家の臣だったが、弓の技術が認められて信長に直仕した。しかしその後は、戦いよりも内政面での活躍が見られる。また、丹羽長秀の家臣であったとも言われ、長秀から長重に仕えた後、秀吉の家臣となり、秀吉死後は秀頼に仕えた。この間『信長公記』『安土日記』などの著作に励み、1610年(慶長16)、『今度之公家双紙』を84歳で著作したところまで知られる。
『信長公記』は全十六巻からなる信長一代記で、牛一の著作のなかで最も大部なものである。巻首は信長上洛以前までで、以降、巻一(1568年〈永禄11〉)から巻十五(1582年〈天正10〉)まで、「信長在世これを記す」とあり、信長にとって都合の悪い部分の省略はみられるが、事実をかなり詳細に記録したものとして、信長研究に欠かせない史料として評価されている。伝本は諸種あるが、牛一の自筆本として伝わっているのは前田家所蔵の「永禄十一年記」一巻だけである。
なお『信長記』には、秀吉伝記の『太閤記』の著者として知られる小瀬甫庵の著したものもある。しかしながら、多分にドラマ的要素が強く資料として信憑性に欠けるところがる。


人物詳細
織田信長 

関連コラム
桶狭間の戦  岐阜という名の起こり  天下布武  長篠の合戦  安土城  楽市・楽座  信長と仏教  信長の南蛮趣味  茶の湯と名物狩り  信長の好んだもの 



ウィンドウを閉じる