信長の南蛮趣味
 信長は新奇を好み、常に異装をこらしたことで知られている。1581年(天正9)正月に催された安土城下でのさ左ぎちょう議長では爆竹の音とともに乗馬の武士たちが騎乗を披露した。このとき信長は赤と錦の衣服、虎皮の膝おおいをつけ、つば広の帽子と思われる、黒い南蛮笠をかぶったとある。また同年、京都御所東側での二度にわたる馬揃え(=騎馬パレード)では中国渡りの絹物を着けていたが、この見物に招待された宣教師たちから金の飾りのある椅子を献上されると、喜こんで行列に加えたという。また、ヴァリニャーノが謁見したときに鍍金の燭台、緋のビロード1反、切子ガラス器を贈ると信長は大いに喜こんだという。
茶の湯に熱心であった信長は、ルソンの壺、ハンネラと呼ばれる陶器類を南蛮ものとして珍重したが、このほかにも宣教師の知らないルートで日本に入った多量のインドやポルトガルの製品を所持していた。
信長は権力の象徴としてこれらを愛好すると同時に、西洋の文物に積極的に触れ、理解しようとした。世界地図や地球儀を前に宣教師たちとたびたび会見し、大航海時代のヨーロッパ人が実証した「丸い地球」を理解できたのも、旧来の伝統を否定する合理的思考によるものであろう。また、安土のセミナリオを突然訪れて西洋楽器の演奏に耳を傾けたりしたことも、信仰とはまったく別のことで、彼にとってみれば異文化を吸収する格好の場所であったといえよう。


人物詳細
織田信長 

関連コラム
桶狭間の戦  岐阜という名の起こり  天下布武  長篠の合戦  安土城  楽市・楽座  信長と仏教  茶の湯と名物狩り  信長の好んだもの  太田牛一と『信長公記』 



ウィンドウを閉じる