
岐阜という名の起こり
岐阜という名称は、もともと「井口(いのくち)」と呼ばれていた地名が、織田信長によって改められたもので、このことは太田牛一『信長公記』にも記されている。
しかし、岐阜・岐山・岐陽といった表現は、古くから禅僧たちの間で用いられていた。これは、岐蘇川(=木曽川)にちなんでもので、当時の支配者であった土岐氏の居城(稲葉山城)、またその土地(革手一帯)の雅称でもあった。また『創業録』によれば、「周ノ文王岐山ニ起リ天下ヲ定ル」という語を引き、禅僧の澤彦(たくげん)が信長にアドヴァイスして用いられるようになったとある。
美濃を手中に収めてから使用し始めた「天下布武」の印と併せて、信長が天下統一の野望を如実に示したものといえよう。
人物詳細
織田信長
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