

郡崩れの大殉教碑
1657年(明暦3)、大村藩郡(こおり)村の百姓兵作が長崎に出向いたときふと漏らした言葉から、郡村を中心に潜伏キリシタン608人が検挙された。彼らは大村、長崎、平戸、島原、佐賀の5ヵ所に収容され、取り調べを受けたのち411名が斬罪、78名牢死、29名永牢、赦免99名となった。大村では翌年(万治元)7月に131人が、長崎その他で280人がそれぞれ処刑された。
この大殉教を「郡崩れ」といい、現在、処刑が行なわれた放虎原(ほうこばる)には殉教顕彰碑が建てられている。
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解説:吉利支丹
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