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水路が残る大垣市内


水路が残る大垣市内

大垣市街地を流れる水門川は1561年(永禄4)に大垣城主氏家直元が開削した運河であるが、大垣城の外堀を兼ねていた。この川は桑名方面へ通じる舟運に利用され、慶長の頃から運送業も盛んとなった。船の夜間航行の安全をはかるためにのちに灯台もつくられた。写真は旧船町港の現在の様子。

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解説:岐阜


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