高瀬船
高瀬船の名前は森鴎外の小説『高瀬船』で知られるが、史料では884年(元慶8)に京都・神泉苑で三隻の高瀬船が浮かべられたとある。しかし、これはあくまでも宴遊用の船であったと思われる。近世のものは軽量で船底は平らな形体をし、各地で使用されたが、京都の高瀬船がとくに有名となった。
関連コラム:
徳川初期の河川交通
解説:
河川交通
ウィンドウを閉じる