

戦国時代の大名は、自国の経営を推進するために富国強兵策を採り、他国との往来を制限して国境に城郭や関所を構え、人や物資の出入りを取り締まった。しかしその一方で、領国内の交通網や輸送網を整備するために道路の建設、河川の整備、橋梁の架設などを行なった。
織田信長は尾張国内の道路改修を皮切りに、支配下に編入した国にさまざまな土木工事を行なうなど、積極的に整備に取り組んだ。また甲斐の武田信玄は、「信玄の棒通」と呼ばれる軍用道路を建設したことで知られる。棒道というのは、馬が疾走できるような高低差の少ない道をいうが、輸送力の面だけでなく、騎馬戦を得意とする武田軍団としては、当時のハイウエイともいうべき軍馬用の道路建設はどうしても必要であった。信玄は八ヶ岳中腹を横断する棒道を建設し、信州の大名豪族や越後の上杉氏と対決する場合に備えたのである。
一方、信玄は河川工事においても手腕を発揮し、釜無川の改修を独自の手法で行ない、近世河川工事の基礎を築いた。また、海外貿易で名を挙げた京都の豪商角倉家は、河川工事にも積極的に取り組み、大堰(おおい)川、高瀬川、富士川などの開削工事で後世に名を残した。
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牙城郭櫓実測図(部分)
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