南蛮文化



イエズス会宣教師やポルトガル・スペイン船の来日により、聖俗両面を併せ持つヨーロッパの文物や風習がもたらされ、さまざまな方面で大きな影響を与えたが、これを一般に南蛮文化と呼んでいる。最盛期は1580年(天正8)から1614年(慶長19)とされる。当時は、キリスト教そのものがヨーロッパ文化であり、その思想は戦乱の社会で自我意識にめざめつつあった畿内の都市市民層や西南九州の大名たちに新しい価値観を吹き込んだ。また、実証精神に裏打ちされた科学知識の流入は、日本人の視野を世界的なものへと拡大する契機となった。
宣教師たちはキリスト教思想の根幹である隣人愛に即して孤児院、病院を各地に建設し、アルメイダによる日本初の外科手術も行なわれた。また教育活動にも力を入れ、200余りの教会付属学校が建てられた。音楽ではオルガン、ビオラ、ハープなどの楽器、美術では油彩画、水彩画、銅版画の技法がもたらされ、工芸やファッションの面でも異国趣味が流行し、未知なる世界に対しての憧憬が高まった。なお、こうした流行に敏感であった織田信長は、南蛮趣味の体現者として時代をリードした希有な存在であった。


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