

ヨーロッパでは15世紀から16世紀にかけて大航海時代を迎えたが、1534年にイエズス会が創設されると、キリストのための聖なる軍団として東洋への布教を開始した。日本での活動は49年(天文18)に来日したザビエルが最初で、大内義隆により山口での布教を許された。
ザビエルに次いで来日したトレスは本拠を豊後府内(大分)に移すと、西南九州で布教を展開したが、大名たちは領内にポルトガル船を引き入れる目的で、布教を積極的に支持した。59年頃から畿内でも活発となり、多くのキリシタン大名の輩出をみるが、これが織豊時代のキリシタン興隆の基礎となった。とくに信長は、キリシタンやその文化に理解を示し、宣教師たちを優遇した。79年に来日したヴァリアーノは、日本人修道師の養成を痛感し、コレジオ、セミナリオなどの教育機関を設けた。また大村氏から長崎を譲り受けてイエズス会領とし、キリシタンの町長崎の基礎を固めた。
一方、秀吉は当初キリシタンに好意的でオルガンティーノに大坂の領地を与えるほどであったが、87年(天正15)博多でバテレン追放令を発して長崎を没収した。その後、徳川幕府の禁圧政策、鎖国令などで厳禁され、次第に後退したことは良く知られるところである。
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