情報



戦国大名は他国との親善、共同作戦、情報の収集・交換などのためにしばしば使者を派遣する機会が多くなり、密書なども頻繁に交換された。このため、大名たちは使者専用の職制を設けた。使者の任務は重く、迅速でしかも確実に使命を達成することが急務であり、その成否は大名家の命運を左右した。こうした使者の旅では、領国内においては通行が優先されたが、国外に出た場合はきわめて危険な立場であったため、交通路の選択は慎重をきわめねばならなかった。
戦時の情報収集には敵陣にスパイを送り込む方法と、敵方のだれかを籠絡して情報を入手する方法がとられた。また、大名たちは常日頃から情報収集を心掛けていたので、諸国の大名と接触の多い商人たちから種々の特権と引き替えに情報を入手した。たとえば府内(大分)を本拠とする大友宗麟は、支配地博多で起こった裁判事件の処理に関して、島井宗室に情報収集を依頼していた。織田信長や豊臣秀吉もこうした点には敏感で、堺や博多の商人を利用した。堺の豪商津田氏の記録『天王寺屋会記』などをみると、たんなる茶会の記録というよりも、武将と商人たちとの政治経済情報の交換会、といった趣さえ感じられる。
一方、戦国期は南蛮貿易やキリシタン宣教師によって海外情報が大量に流入した時代でもあった。堺、博多、平戸、長崎といった港からキリスト教や鉄砲、印刷、西洋医学といった文化、思想、技術がもたらされ、それらはたちまちのうちに全国に波及し、さまざまなカルチャーショックを与えたのである。


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