陸上交通



戦国時代は諸大名が領国の防衛を図るために自国本位の交通政策をとっていたが、その結果、各地に封鎖経済圏ができ、自給自足体制が確立した。このため地方都市が形成され、重臣や商工業者が集中的に移り住んで繁栄すると、都市へ通じる交通網を整備する必要が生じた。諸大名は街道や橋を整備して伝馬制度を設け、また舟運の便を図るなど、交通政策を強化した。
戦国時代の街道は、中世時代の道路を整備して統一的な交通網を確立することが急務であったが、本城と支城を結ぶ道路や軍事上必要と思われる道路が優先された。一例を挙げれば、八ヶ岳山麓に建設された通称「信玄の棒道」と呼ばれるものは、武田信玄が作った軍用道路の典型で、越後の上杉謙信や信州の大名豪族と対決するために必要であった。
なお東日本では、水運に恵まれた西日本と違って陸上交通が重視され、北条、今川、武田、上杉、徳川らの諸大名は独自の伝馬制度を設けた。北条氏の場合、大きな宿場に問屋を設置して伝馬の仕事を負担させたが、伝馬の継立てには一定の区間を定め、公用の荷物は無賃とし、その他は一里一銭を徴収した。また今川氏は駿河、遠江、三河に分国を形成していたので、本城のある駿府を中心に各支城との間に伝馬制度を設けた。


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