関連コラム



解明されたネジの秘密

日本に鉄砲がもたらされると、それはたちまちのうちに各地に伝播したが、当時の最新ハイテク技術であっただけに製造法は秘伝とされ、将軍足利義輝でさえも近衛家や島津家を仲介に、種子島家から他言無用の約束でようやく伝授されたほどであった。また、こうした機密情報が大名や技術者などのあいだで莫大な金銭によって取引されたことも、当然考えられよう。
さて、当時の鉄砲製造においてもっとも苦労したのは、じつはネジの製造であった。火縄銃というのは、基本的には鉄のパイプであり、使用したあと筒に残った火薬のかすを掃除しなければならない。そのため、底部をネジでふさいで開閉する必要があった。しかし、このネジの製造法は口伝えで伝授されてきたため記録がなく、今日に至るまで謎とされてきたのだが、ついにひとりの民間研究者によって解明された。以下、2001年2月14日付け『朝日新聞』朝刊「文化欄」に掲載された「ネジの秘密解明」を簡単に紹介する。
ネジの製造を解明したのは、栃木県足利市で金属の研究所を開いている伊藤博之さんである。伊藤さんは、徹底的にネジを測定観察することから開始したが、銃身を切断して顕微鏡で見ると、なんらかの工具で切削していることが判明した。しかし、二十丁ほどを調べても、雄ネジ、雌ネジとも銃によって山の数や間隔がすべて異なり、法則性を発見することができなかった。しかし、文字に記録しないで伝えるには、分かりやすくて簡単な方法であったはずと考え、さらに計測データの分析を続けた結果、秘伝解明にたどり着いた。
まず、長方形の紙を一枚用意する。短辺はネジの長さ、長辺はネジの円周とネジの山の積となる。次に紙を対角線で折り、ふたつに切る。どちらか一方の紙の短辺を、何かの棒に合わせて巻いていくと、紙の線がきれいにネジの目となるので、それに沿ってヤスリで削ればできあがり、となる。 これが解明された秘密である。種明かしを聞けばじつに簡単な方法であるが、日本ねじ工業協会が二十年ほど前「火縄銃ねじ類似特別調査委員会」を設けて調査しても明確な結論がでなかっただけに、近年の画期的な発見であるといっても過言ではない。


解説: 鉄砲

関連コラム: 鉄砲は倭寇から?



ウィンドウを閉じる