

やまと(大和)絵障壁画
平安初期に宮廷建築を中心に制作された障壁画は、貴族の生活様式が豪華になるにつれ、ますます盛んになったが、藤原氏の繁栄した時期に最盛期を迎えた。しかし、そこで描かれたものは唐絵を母胎として誕生したやまと絵が中心であった。たとえば、藤原期に描かれた「山水(せんずい)屏風」(東寺旧蔵)は、題材は唐絵であるが、様式はすでにやまと絵の特色を示している。なお、当時のやまと絵障壁画の主要モチーフは、ひろびろとした山水による自然風景であったが、障壁画ばかりか、同時期にさかんに行なわれた屏風の制作でも同様であった。
こうした山水画には、部分的に人物を配し、風俗画的な要素が加味されたものも少なからずあった。また、各地の名所を題材にとり入れた名所絵も多かった。こうした藤原期のやまと絵障壁画では、華麗な色彩をほどこし、構図的にも装飾感の強いものが多く、繊細な線描による絵が支配的であった。しかし、やまと絵障壁画の遺品は少なく、上記屏風のほか、平等院鳳凰堂の壁画が有力な参考資料である。しかし、『源氏物語絵巻』『伴大納言絵詞』などの絵巻物に描かれた内部描写から、当時の障壁画の様子がわかり、参考となる。
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