

美術詳細

関ヶ原合戦図屏風
日本においては、ヨーロッパほど確固たる概念をもった歴史画は近代まで登場しなかったが、平安時代末、源義家が奥州に遠征した史実を主題にした『後三年合戦絵巻』(1171年)が描かれている。これが、歴史画として現存する最古の資料で、後白河法皇の命で制作されたものである。
鎌倉時代になると『平治物語絵巻』や『蒙古襲来絵詞』といった合戦絵巻が流行した。そして近世になると、長篠の合戦、関ヶ原の合戦、また大坂夏・冬の陣など、戦国時代に起こった大きな合戦の記録画が描かれるようになった。
戦国時代の代表的なものとして、「川中島合戦図屏風」、「長篠合戦図屏風」、「賤ヶ岳合戦図屏風」、「関ヶ原合戦図屏風」、「大坂夏の陣図屏風」、「大坂冬の陣図屏風」などがあるが、元の絵から模写して制作されたものも多く、制作年や作者を特定できない場合も多い。
さて、「関ヶ原合戦図屏風」であるが、重要文化財に指定されている大阪市立博物館蔵(二隻)のものや、彦根城博物館蔵(井伊家本)のものを筆頭に、それぞれから模写されたと見られものが多数ある。こうした屏風絵を、当時の文献と照らし合わせて眺めると、かなり忠実で詳細なものがあり、資料としても貴重である。
関ヶ原の合戦は、日本の歴史上もっとも有名で、しかも文字通り天下分け目の戦いであったことから主題としての関心が強く、屏風仕立てのものにとどまらず、巻物仕立てになったもの、平面的表現の絵図の類も多い。江戸中期以降の大垣藩では、慶長5年8月頃からの前哨戦や決戦当日の東西両陣営の配置などを記した絵図が盛んに制作された。おそらくは関ヶ原合戦時の戸田家の顕彰や、軍事研究といった目的で制作されたものと思われる。
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