

天正13(1585)年7月に関白に任ぜられた秀吉は、その御礼として同年10月、正親町天皇を招いて禁裏茶会を催した。記録によれば茶会は二部立てで、第一部は小御所で行なわれ、秀吉が自ら茶を献じた。また、第二部は端の座敷で行なわれた利休による台子の茶であった。ちなみに、このとき後見役として参内する必要から、宗易に利休という居士号が勅旨され、名実ともに天下一の茶匠となったといわれる。翌年、秀吉は再び禁裏において茶会を催したが、そのために座敷も道具もすべてが黄金の茶室を造った。大きさはおよそ三畳ほどで、組み立て自在、移動が可能であり、当初、大坂城に造ったものを、禁裏茶会のために移したようだ。またこの茶室は、天正15年に行なわれた北野大茶会でも使われている。きわめて権力的、示威的といわれ、また草庵茶室を換骨奪胎しただけのこの茶室の評判はけっしてよいものではないが、利休の新しい作意のひとつであるという説もあり、評価は分かれる。
関連図版:
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解説:
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