

天正15年(1587)10月1日、豊臣秀吉が京都北野神社の境内と松原において開催した大茶会。秀吉はそれまでにもしばしば茶会を開いたが、これはとくに盛大で、歴史上もっとも有名な茶会である。この年の8月より、洛中をはじめ畿内一円に高札を立てて参加者を募った。
高札の全文は七箇条にわかれているが、身分上下の別なく、数寄者であれば手持ちの道具を持参し参加せよ、茶のない者は「こがし」でもよい、と呼びかけている。ちなみに「こがし」とは、米や麦を焼いて焦がしたもので、湯に溶かして飲むもののようだ。遠く博多の茶人神谷宗湛をはじめ全国から人が集まり、茶屋1500ほどが建ち並んだ。秀吉自身が茶を点てた相手だけでも、803人にのぼったという。当日、北野神社の拝殿は3つに仕切られ、その中央には黄金の茶室が置かれ、秀吉自慢の名物も陳列された。一般の茶席は道の両側に、軒を連ねてギッシリと並んだようだ。千利休・津田宗及・今井宗久、さらには秀吉自身が亭主となり、参会者に茶をふるまった。こうした様子は『北野大茶湯之記』に詳しくしるされている。なお、当初10日間開催される予定であったこの催しは、前月に一日だけに短縮することが決定された。いずれにしろ、茶の湯という新しい文化を「天下人の芸道」として世に知らしめた点に、この大イヴェントの意義があったといえよう。
関連図版:
唐物茶入 利休尻ふくら|
北野大茶湯図|
北野大茶会の四畳半復元図1|
北野大茶会の四畳半復元図2|
北野大茶会の四畳半復元図3
解説:
千利休|
古田織部|
小堀遠州|
きれいさび|
孤蓬庵|
破格の茶|
燕庵|
草庵茶室|
待庵|
武野紹鴎|
四畳半茶室|
村田珠光|
佗び数奇|
大徳寺|
不審庵|
千宗旦|
茶禅一味|
豊臣秀吉|
黄金の茶室|
茶の湯前史|
東山御物|
唐物|
高麗茶碗|
楽焼|
織部焼|
中興名物|
織田信長|
名物狩り
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