破格の茶



茶のスタイルを、書法にならって「真行草」と言い換えることはコラム「真行草の茶」をご覧いただきたい。しかし、こうした通常の流れには収まらない、まさに破格的な茶法の体現者こそ古田織部であった。
利休の茶は、珠光・紹鴎らの真・行の茶をもとに精神性を深め、次第に草の境地へと到達した。
一方織部は、利休の高弟であるとはいえ戦国武将であり、さまざまな修羅場をくぐり抜けてきた現世的な人物である。また利休よりも年齢は20も若く、世代的な感性からいっても相当の違いがあって当然であろう。もともと細かいことには拘泥しない磊落な性格と、自己の存在を顕示しようとする傾向は、端正で禁欲的な師の方法とことなるのは必然であった。そして実際にその本領を発揮するのは、利休没後、織部48歳以降のことである。
織部の好みの茶室として現存するものは藪内流家元にある燕庵、名古屋城内にある猿面茶屋・織部堂、奈良国立博物館内の八窓庵、大徳寺三玄院の篁庵などである。これらは台目の茶席で、利休の侘び茶の狭いものと比べるとどれも広い。また、茶室には織部窓を設け、暗くて陰気な茶室を明るくなごやかなものとした。利休が景色を抑え、内面の美を追究したのに対し、視覚的な美しさを演出したのである。こうしたアイディアは茶室に向かう露地や腰掛け待合いなど、随所にとり入れられたが、視覚的効果、光を意識したデザイン構成は当時としてはまさに破格のデザインといってよいものであろう。
織部はこのほか、南蛮趣味を取り入れるなど独自の視点や感性を茶道具に取り入れ、またすぐれたアートディレクター的センスを発揮して、桃山時代の美の極致といわれる織部焼きなどの焼き物を次々と創造していくのである。


関連図版:織部南蛮人燭台
 
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