

能阿弥と茶の湯
足利義教・義政の同朋衆であった能阿弥は、茶道の成立にきわめて大きな足跡を残した大茶人であるが、また同時に連歌に秀で、立花や水墨画の名人としても知られる。唐物目利きとして将軍義満のコレクション「東山御物(ひがしやまごぶつ)」を制定したことでも有名である。
茶道における能阿弥の功績の第一は、書院飾りを編み出したことであろう。もともと中国式の茶室で行なっていた喫茶の法を、日本風の書院造りの座敷にふさわしいものに形を整えたのであるが、以下にその具体例を挙げてみよう。
[床の間]掛け物は三幅対で、その前に三具足(香炉、花瓶、燭台)を置く。香炉には香を焚き、花瓶には花を立て、燭台に灯をともす。
[違い棚]上の段には香合、茶入れ、天目茶碗、湯瓶を置き、下の段には食籠(じきろう)、盆石を置く。
[書院窓]窓に面して机(き)を置き、その上に硯、文鎮など文房具を飾る。
まだこのほかにもいろいろあるが、大体の様子がこれでわかるであろう。
能阿弥の功績として次に挙げられることは、台子(だいす)飾りの方法を制定したことである。そもそも台子とは仏様にお茶をさしあげる場合に使用したものである。もともと仏具であるため寺でしか用いなかったが、能阿弥は将軍の茶席で初めて台子一式を使う方法を考案したのである。後世これを「三種極真(さんしゅごくしん)の台子飾り」と呼んでいるが、現在の献茶式、台子の点前で飾っているものと同様である。お茶の心得のある人なら、よく知っていることであろう。
また、能阿弥は台子の点前をいろいろ研究する過程でさまざまな礼法も考案した。元来、武家の出身であった能阿弥(中尾真能といった。その一字「能」をとって能阿弥と名乗る)は、武家の礼法である小笠原流を取り入れ、なかでも柄杓の扱い方は弓の操方から考案されたといわれる。そのほか茶席での服装のきまりや歩行のさいに能の仕舞いをとり入れるなど、能阿弥によって様々な工夫・改良・発明がなされたのである。
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解説:
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