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日本に来たバテレンたち
戦国時代に来訪し、キリスト教を布教したヨーロッパ人宣教師のことを「バテレン」と呼び「伴天連」と表記したことはよく知られています。古い日本の文献には「パーテル」とか「パアテレ」などとも書かれ、ラテン語のPATER、ポルトガル語のPADRE、すなわち司祭・神父のことをいいました。このパーデレに漢字を当て「伴天連」とし、日本語読みされて「バテレン」となったと思われます。
日本で布教にあたったバテレンは、イエズス会に所属した人が一番多く、他にフランシスコ会、ドミニコ会、アウグスチノ会のいずれかに所属していました。国籍はポルトガル、スペイン、まだ統一されていなかったイタリア各地の出身者が多く、そのほかにフランス、ポーランド、フランドル地方(ベルギー、オランダ地方)の出身者も少数ですがいたようです。なお、日本人でバテレンになった人も相当いたといいますが、じっさいは修道士(イルマン)でした。
バテレンの数は、年度により変動が多いので正確さを欠きますが、1610年頃には69名を数えました。当時、司祭になっていない修道士をこれに加えた総計138名が、布教に従事していました。
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