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戦国武将と連歌の流行
和歌の上(かみ)の句と下(しも)の句をふたりで唱和することから起こった連歌は、古く『万葉集』 にその起源が見られますが、鎌倉時代になると連歌師が出現し、大衆文芸へと変貌していきました。動乱の南北朝時代から室町初期にかけては、救済(ぐさい)や二条良基らの大家が現れて連歌の規範をつくりましたが、その後、東山時代には公武庶民を問わずに大流行し、心敬や宗祇らの著名連歌師を輩出しました。
こうした連歌の隆盛は、戦国時代になってもとまらず、新興の武家社会にも流行して連歌熱はますます高まっていくばかりでした。なかでも里村紹巴(さとむらしょうは)、織田信長、豊臣秀吉をはじめ、明智光秀、細川幽斎などの有力大名の知遇を得て思う存分その文芸活動を展開していったのです。
なお連歌は和歌とちがい、詠み方、会席の作法、故実、禁制などに関する式目が複雑で、それらを熟知していなければ連歌会に参列できませんでした。したがって、それらの故実は秘事として口伝または秘伝書として伝授され、師から弟子へと受け継がれていったのです。

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