関ヶ原日記
11月16日
吉川広家および毛利家の重臣等は黒田如水(長政の父)・長政(筑前名島城主)に誓書を送り、毛利家存続のため尽力したことを感謝するとともに、毛利家家臣一同忠誠にはげむことを誓約しました。
徳川秀忠は松平忠吉(徳川家康四男)とともに大坂から上洛しました。忠吉は関ヶ原合戦で東海道先発軍に属して清須城に入り、本戦では義理の父・井伊直政(家康家臣)とともに抜けがけして先陣をきり、敵中突破をはかる島津義弘とも激戦、鉄砲傷をうけるほど勇戦しました。忠吉の活躍ぶりを家康はいたく悦び、自ら薬を取り出し、忠吉にすすめたといいます。忠吉は当時21歳、尾張清須57万国に封じられたばかりでした。
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