関ヶ原日記

9月17日
徳川家康の意をうけて、黒田長政(豊前中津城主)・福島正則(尾張清須城主)は大坂城に籠もる毛利輝元(安芸広島城主)に書状を送り、家康は輝元に対しいささかも悪く思っていないと告げました。
立花宗茂(筑後柳川城主)は大津城攻めに参戦していたため、関ヶ原本戦には参陣できませんでした。西軍敗戦を聞いた宗茂は、大坂で毛利輝元に会い籠城をすすめましたが、輝元の同意を得られず、関ヶ原から大坂にたどりついた島津義弘(薩摩)とともに船で大坂を去りました。 徳川秀忠は妻籠に着陣、関ヶ原決戦の勝報に接しました。

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