関ヶ原日記

9月9日
徳川家康は三河岡崎に着きました。
高台院は豊国社に詣でています。どんな心境だったのでしょう。(1月18日参照)
西軍の毛利元康(元就の七男)・立花宗茂(筑後柳川城主)等、大津城を攻撃開始。京都の町民たちは、重箱を提げ、水筒を持ち、大津城とは目と鼻の距離にある三井寺観音堂で日夜見物するありさまでした。(9月3日参照)
徳川秀忠は上田城を攻めてみたものの、真田昌幸に翻弄され、思うようにいきません。
この日、家康の使者が秀忠のもとに到着。急ぎ美濃に来会せよ、という指令を伝えます。秀忠は森 忠政(信濃川中島城主)・仙石秀久(信濃小諸城主)らを上田城の押さえとして残し、翌日から西上を再開しました。秀忠は9日間も昌幸のためにロスしたことになります。(9月2・5日参照)

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