関ヶ原日記
8月29日
是より先、九鬼嘉隆の子、守隆(志摩鳥羽城主)は小山から志摩に戻ってきました。父・嘉隆は織田信長・豊臣秀吉に仕え、水軍の将として名を馳せた老将で、1597年に隠居し、家督を守隆に譲っていました。しかし、守隆が東下している間に、嘉隆は西軍に応じ、鳥羽城を奪い籠城してしまいます。そのため、守隆は畔乗古城(志摩英虞郡)を修築し入城、嘉隆ともしばしば戦っています。この日、守隆は伊勢湾に入ろうとした氏家行廣(伊勢桑名城主)の軍船を破り、西軍船の往来を阻止し、情勢を家康に報告しています。
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