関ヶ原日記
7月29日
徳川家康は最上義光(出羽山形城主)に西上をつげ、秀忠と対上杉氏の戦略を相談するよう申し送りました。家康はこの日の書状で、敵が石田三成・大谷吉継でなく、大坂奉行衆(増田・長束・前田)であることを正式に認めています。
家康は遠藤慶隆(美濃小原城主)に書状を送り、旧領・郡上八幡(美濃)を与える約束をしました。この時点では、稲葉貞通が郡上八幡城主でした。
家康は西上中の黒田長政(豊前中津城主)を呼び戻しました。敵が大坂奉行衆となったことで、福島正則が黒田長政を誘い西軍に与するのを恐れたからです。家康は長政に長久手合戦で着用した甲冑などを贈り、再び西上させています。
石田三成がいよいよ表舞台に登場、伏見攻めに参陣しました。
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