関ヶ原日記

6月18日
徳川家康は伏見城を発しました。途中、大津で京極高次から午餐の饗応をうけ、近江石部に宿泊しました。水口城主・長束正家も挨拶にでかけ、明朝、鉄砲二百挺の進上と城中での饗応を申し入れました。正家が帰ったあと、家康は急遽出発。突然のことで、当初家康につきしたがったのは、槍2人・長刀1人、御走衆20人にすぎませんでした。水口を過ぎ、家康は正家に使者を派遣して、違約を謝りました。

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