関ヶ原日記
4月27日
島津義弘は大坂城の家康を訪問して、内乱(3月10日参照)が落着した際の配慮を謝しました。その席で、家康は上杉氏の動向について述べ、「送った使者の返事いかんでは、みずから出陣するので、ついては、島津義弘に伏見城の留守をしてもらいたい」と頼んでいます。義弘は承引し、薩摩の兄・義久に、在京の兵では不足のため、援軍を送るよう求めました。
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