関ヶ原日記

4月1日
伊奈昭綱(家康家臣)・河村長門(増田長盛家臣)が上杉景勝詰問の使者として選ばれ、大坂を出発しました。家康が京都相国寺の西笑承兌(じょうたい)に直江兼続(2月10〜11日参照)あての書状を認めさせ、使者に持参させたともいいますが、これはかなりあやしい話です。西笑は秀吉・家康のブレーンとして活躍、寺社行政だけでなく外交通商文書の作成にも関与しました。その一方で、「僧侶でありながら成人の息子がいるだとか、金銀の蓄財にはげんでいる」という風評のたった人物でもあります。

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