関ヶ原日記

3月11日
島津忠恒は関ヶ原合戦で敵中縦断退却という名脇役を演じた義弘の二男です。島津家の当主は義弘の兄・義久ですが、1593年には忠恒が島津家の継嗣となっています。1595年、義久は大隅国富隅(鹿児島県姶良郡隼人町)に移居、鹿児島を明け渡し、引退の準備をしています。朝鮮出兵でも義久は病気を理由に参加せず、義弘が島津軍をひきいました。1598年、泗川の戦いでは、島津軍が明の大軍を撃破し、日本軍の撤退を安全なものにしたのです。(つづく)

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