関ヶ原日記
1月1日
大坂(当時は阪でなくこの字を使っていました)周辺の大名たちの新年はあいさつまわりからはじまります。まず、本丸で豊臣秀頼に賀正し、続いて、西の丸の徳川家康のもとにでかけています。わかりやすい権力の二重構造ぶりです。それでは、秀吉が豊臣家の命運を委ねた他の五大老たちはというと、上杉景勝は7月、前田利家の跡継ぎ・利長は8月領国に帰り、宇喜多秀家・毛利輝元も12月初めまで大坂にいたのですが、その後帰国してしまいました。家康はひとりで政局をおもうがままにしていたのです。
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