荒木道薫
あらき どうくん
1535(天文4)−1586(天正14)

信長に謀反を起こし、信長没後には利休七哲として秀吉の元に

武将

 信長の元で軍巧を立て、摂津茨城城主になるも、1578(天正)6年に謀反を起こして安芸に逃れ、信長没後は秀吉に従事。筆庵道薫と称して利休七哲に数えられた。荒木高麗、兵庫壷、寅申壷、姥口平釜など所持品が有名。

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