天海
てんかい
1536(天文5)−1643(寛永20)



 14歳で比叡山に上って天台宗の奥義を極め、周易にも通じる。家康、秀忠、家光の帰依を受け、1616(元和2)年には大僧正に任ぜられる。比叡山の復興に尽力し、日光山の造営、あるいは東叡山寛永寺の開祖となり、1648(慶安元)年には慧眼大師の名を贈られる。1637(寛永14)年から天海版「大蔵経」の校刻を開始し、家康が没した際には以心崇伝本多正純に勝って家康の神号を大権現と決定。著作に「異部見文述掟書」「真宗伝記」。

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