快川紹喜
かいせん しょうき
?−1582(天正10)
僧・臨済宗
土岐氏。岐阜城主斎藤義竜と意見が合わず、崇福寺を出て武田信玄の招きによって甲斐の恵林寺に住むようになる。正親町天皇から大通智勝国師の号を賜る。信長の甲州討伐の際に武田勝頼をかくまったとして信長を怒らせ、寺に火を放たれるが、百名以上の僧衆とともに問禅を行いながら、「安禅は必ずしも山水を須いず、心頭を滅却すれば火自ら涼し」と唱えて火中に身を投じる。
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