大谷吉継(刑部)
おおたに よしつぐ(ぎょうぶ)
1559(永禄2)−1600(慶長5)
九州大友家滅亡により流浪したが、石田三成の推挙により秀吉に仕える。秀吉が天下を平定したとき越前敦賀城主となる。30歳頃から癩病を病み、両眼を失うにおよんで解職を願うが許されなかった。関ヶ原の戦いでは西軍に投じ、壮烈な最期をとげた。
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