松平忠吉
まつだいら ただよし
1579(天正7)−1607(慶長12)
家康の四男。徳川四天王の一人、井伊直政は岳父にあたり、関ヶ原の戦いでは直政に従い、先鋒・福島政則を差し置いて決戦の火蓋を切る抜け駆けを行ったともいわれる。さらに退却する島津義弘隊を直政とともに追撃、負傷してもなお追撃しようとした。戦後は尾張国清洲城主となるが7年後の1607年(慶長12)に没した。享年28歳。
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