織田有楽斎(長益)
おだ うらくさい
1547(天文6)−1621(元和7)
信長の弟。本能寺の変後、秀吉に仕える。関ヶ原の戦いでは東軍に属して戦うが、もともと武将としての気質はなかったようで、文化人として知られる。戦後は淀殿の叔父という関係で大阪城に留まっていたが、大坂夏の陣の直前に退去、晩年は京都で茶の湯の師匠として送ったという。利休七哲人の一人で、利休亡き後、茶道・有楽流を創始した。有楽斎の数寄屋の跡は“数寄屋橋”、また“有楽町”にもその名を残している。
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