TOPICS
花道の発展(承前)
前回、茶の湯とも深い関係をもつ花道について書きましたが、今回はその続きです。
室町時代初期に盛んに行なわれた立花ですが、八代将軍義満の東山時代になると、同朋衆により書院飾りの法式として完成されます。すなわち、立花が床間に飾られ、鑑賞の対象となるのです。またちょうどその頃、頂法寺六角堂に池坊専慶という立花の上手が現れ、後世の池坊流の元を築きました。また、桃山時代になると立花は大いにもてはやされるようになりました。大坂城、聚楽第、伏見城といった大建築、また大名たちの邸宅にある床の間の飾りとして歓迎されたのです。
一方、立花と対立して発展したものに「茶花」があります。東山時代の同朋衆から立花を学んだ村田珠光は、禅の精神を取り入れて侘び茶を開始し、草庵茶室を提唱するのですが、このとき草庵茶室を飾る投げ入れ花も同時に考案したのです。これが「茶花」と呼ばれるもので、以後、侘び茶、草庵茶室の広がりとともに流布し、のちに利休によってさらなる完成を見るのです。
なお、この茶花と立花は平行して発達してきたのですが、前者があまりにも侘びすぎて(シブすぎて?)一般的でないこと、一方、後者は豪華すぎて実用的でないことから、江戸時代前期、小規模で大衆的な「生花(せいか)」が発生し、時代がくだって生け花へと変貌を遂げていくのです。
# 次のページ
* 前のページ
関ヶ原日記
1月 2月 3月
4月 5月 6月
7月 8月 9月
10月 11月 12月
最新のTOPICS
以前のTOPICS
戀HOME