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貧しかった戦国期の朝廷
応仁の乱によって幕府や朝廷はますます衰退に向かう一方でしたが、とくに朝廷の財政難は深刻でした。そもそもいろいろな儀式に必要な費用は、すべて幕府が出資していたのですが、幕府自体の安定が悪く、天皇の即位式すら満足に行なえないありさまでした。
たとえば、後土御門天皇の場合、次の天皇の即位式を行なう余裕がないため36年間も在位し、しかも没後は葬儀費用がないために40数日間遺体が御所に安置されたままでした。
次の後柏原天皇は費用がないため即位式ができず、22年後に本願寺からの献金でようやく即位することができました。また、さらにその次の後奈良天皇の即位式も北条氏綱、今川義元、大内義隆ら戦国大名からの献金によって10年後に実現することができました。
このように朝廷の窮乏ははなはだしく、内裏の紫宸殿の塀が壊れたまま放置され、三条大橋のたもとから内侍所のあかりが見えたとも伝えられています。

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