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鉄砲から大砲へ
長篠の合戦において織田信長の鉄砲隊が威力を発揮し、勇猛を誇った武田の騎馬軍団を打ち破ったことはあまりにも有名ですが、永禄の頃(1560年代頃)ともなると口径の大きな大鉄砲、さらに大筒・仏郎機(フランキ)といった大型の砲が盛んに使用されるようになりました。
とくに有名なのは、天正6年(1578)織田信長が九鬼嘉隆に命じて建造した世界初の大型鉄甲船に搭載された大砲でしょう。都合7艘の鉄甲船は、石山本願寺との相次ぐ戦いで勝機の掴めぬ織田軍の秘密兵器でしたが、搭載された大砲の威力にさしもの毛利水軍も木っ端みじんに粉砕され、まったく歯が立ちませんでした。
その後も豊臣秀吉の文禄・慶長の役、徳川家康の大坂の陣においても大砲が威力を発揮しました。また、こうした大型砲の登場につれて、城の土塁も次第に堅固な石垣に替わっていきました。
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