関ヶ原日記

11月18日
徳川秀忠は松平忠吉(家康四男)とともに参内しました。この時、ふたりをアシストしたのは朝廷に強いコネのある前田玄以(丹波亀山城主)で、玄以としても最後のお勤めといったところでした。(10月16日参照)。この時、忠吉は従四位下侍従に任じられています。(11月16日参照)徳川家康は黒田如水(筑前名島城主長政の父)・加藤清正(肥後熊本城主)・鍋島直茂(肥前佐賀城主)に書状を送り、柳川城などを収め、家康が人を遣わすまで、管理するよう命じました。(10月25日・11月8日・12日参照)

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