関ヶ原日記
10月17日
加藤清正(肥後熊本城主)は立花宗茂(筑後柳川城主)を弁護する書状を徳川家康に 送り、その旨を宗茂に告げました。清正は朝鮮の役でともに戦った宗茂にシンパシィ を感じていたのです。
前田利長(加賀金沢城主)は大坂城で家康に拝謁しました。この時、利長は4万石加 増されましたが、弟・利政は能登国を没収され、あわせて利長に与えられています。 利政は心情的に西軍よりで、関ヶ原合戦では病気と称し全く動かなかったのです。
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