関ヶ原日記
9月27日
徳川家康は大坂城に入り、豊臣秀頼に謁見しました。その後、家康は西の丸に入り、秀忠を二の丸におきました。家康は翌年3月まで大坂にとどまることになります。
6月16日、会津征伐のため家康が大坂城を出ておよそ100日余り、時代が家康を中心に動いていくことは誰の目からみても明らかでした。「於大坂西の丸に御座なされ候。其節天下の大名、内府公(家康)へ出仕する事、恰も太閤の時の如し。」と『戸田左門覚書』は記しています。
家康は井伊直政・本多忠勝・榊原康政・本多正信らに東軍諸将の勲功を調査するよう命じ、大久保長安・阿部正廣等に京都・畿内周辺にある西軍諸将の財物を調査し没収するよう命じました。
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