関ヶ原日記
9月18日
徳川家康は近江八幡に着きました。家康は福島正則(尾張清須城主)・黒田長政(豊前中津城主)へ書状を送り、両者の毛利輝元(安芸広島城主)への斡旋を了承しました。(9月17日参照)
佐和山城が落城しました。石田三成の父・正継、兄・正澄は自殺しました。この時佐和山城内には金銀などの貯えは全く残っていませんでした。三成はすべてを関ヶ原合戦に投じたのです。
大垣城には福原直高(豊後荷揚城主)・熊谷直盛(豊後安岐城主)・垣見一直(豊後富来城主)らが守備していましたが、水野勝成らの調略により、内応者がでて落城しました。(17日説・23日説などもあります)
黒田如水は熊谷直盛の居城・豊後安岐城を降ろし、垣見一直の居城、富来を囲み、諭降させました。
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