関ヶ原日記
9月3日
徳川家康は小田原に着陣しました。小早川秀秋(筑前名島城主)の使者が家康側近、永井直勝をたずねてきました。家康は「せがれ(秀秋)の申す事真儀にてなく候」と言い放ち、使者に会おうともしませんでした。
天皇は権大納言烏丸光宣を勅旨として、丹後・田辺に派遣しました。細川幽斎を諭して開城させるためです。(7月20・27日参照)
この日、大谷吉継(越前敦賀城主)は石田三成の求めに応じ、北陸方面軍の脇坂安治(淡路洲本城主)・朽木元綱(近江)・小川祐忠(伊予今治城主)・赤座吉家(越前今庄城主)などとともに、関ヶ原西南の山中に陣し、中山道をおさえました。北陸を離れた西軍のうち、京極高次は大津城にもどり、東軍に寝返ってしまいました。
# 次のページ
* 前のページ
関ヶ原日記
1月 2月 3月
4月 5月 6月
7月 8月 9月
10月 11月 12月
最新のTOPICS
以前のTOPICS
戀HOME